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枕草子のマンガ比較論

本日の突発企画は、徹底比較『枕草子』登場人物イメージ!

説明いたしましょう。平安時代に書かれた清少納言による随筆『枕草子』は学校で習うことも多い、いわゆる古典文学であります。となると、各出版社は「まんがで学ぼう!」みたいなシリーズを作ったりもするわけです。
ではその際、キャラクターデザインはどうなるのか?
清少納言をはじめとする平安時代の人々は1000年も昔の人たちです。絵巻物が残ってはいますが、あまり写実的ではなく、そもそもその時代に書かれたわけでもなかったりするので、あまり当てにはなりません。

となると、そのまんが版枕草子を描く人がアレコレ考えて、自分なりの清少納言像を作り出して絵にしなければならないわけです。
今回、その清少納言像の比較をしてみます。


NHKまんがで読む古典 枕草子〈上〉 面堂かずき

ダウンロード

個人的に『枕草子』を題材にした漫画の最高傑作。
平安時代をあまりよく知らない人ほど、今抱いている平安イメージとのギャップを感じることができるでしょう。予備知識不要、難しい話は出てこない、漫画の表情がイキイキしている。と太鼓判です。実はこの本、最初に出たのは1993年で、最近復刻版が出たのです。ただ、ちょーっとお高い。上下揃えると4000円近いので、是非図書館などに収蔵していただきたい一品です。

さて内容と解釈ですが、軽めの絵のタッチに反し、書いてあることはイチイチ原作に準拠しています。上巻では有名な「春はあけぼの」のくだり、下巻では中関白家の没落なども含めたシリアスなところもあります。

では、キャラクターデザインについて。

<清少納言>
ちょっと若い感じにしてある。かなり表情豊かで親しみやすい造詣。
女房になるまでの髪型がストレートロングで、参内してからは後ろをリボンでくくるというさりげないイメチェンに、作者の心遣いが見て取れる。実際は当時こんな髪型はありえないが、そういう細かいところはどうでもいいと思わせる作風なので良い。
口癖は「ステキ!」と「わんだほー!」。

<中宮定子>
全力でかわいらしい美人にしてある。おちゃめな表情を見せるところもあり、魅力いっぱいに描かれている。定子様のことをひたすらに良く伝えた甲斐があったと、清少納言本人は喜ぶに違いない。
細かいところだが、伊周の流罪が決まったあと、つまり髪を切った後の時間軸の話の場合、ちゃんと髪がその長さになっている。文章による補足はないが、絵に矛盾がないあたり、作者のこだわりが見てとれる。

<一条天皇>
優しそうな少年として描かれている。原作にある定子と一条帝のやりとりは、定子が3歳下の一条帝を気遣っている場面が多いため、このような描かれ方には違和感がない。
東三条院詮子との会話シーンでは、若い身でありながら帝という立場を理解している描写を上手く表現してある。

<藤原伊周>
超美形。個人的には萩谷朴氏の伊周評にある「神経質でわがまま」のイメージが強く、ここまで完璧超人なデザインは変な気もする。でも女性読者にはこれくらいでいい。

<藤原実方>
ほとんど出てこない。藤原行成とトラブルを起こしたこともあり、原作では行成に見せることを鑑み、実方のエピソードがない。それに準拠しているのだろう。

<藤原斉信>
好青年に描かれている。序盤は顔を崩したギャグ調になることもあった。伊周があこがれの貴公子ポジであることに対し、斉信が事実上の恋人ポジになっている。あまり有名でない「四月の七夕」の話を入れてあるあたり、作者の斉信の出番を増やしたかった気持ちが見える。

<藤原行成>
美形なのだが、「ぼけらった」な感じで基本的には描いてある。行成のデザインはみなさん難しいところのようで、「真面目一辺倒」とするか、この漫画のように「ちょっと不思議な天才肌」とするかであるようだ。
行成の家系も清少納言と同様に歌人の系譜なので、同じくあまり和歌を詠みたくないという悩みを抱えている、という描写があったらなお良かった。

<橘則光>
まったりした顔に描かれている。実際『枕草子』での則光の扱いはこんなだが。
わかめの意味がわからないほど鈍感なのは事実なので、僕はこの漫画の則光が一番しっくりくる。

<藤原道隆>
かなり「人のいいおじさん」になっている。実際の道隆は父の兼家とともに一条天皇を上手いこと帝位につけさせたりと道長に劣らずのやり手なイメージも僕個人としてはあるのだが、冗談好きとも伝わっていたのでそちらを前面に押し出している。

<藤原道長>
切れ者っぽく描かれている。主に下巻に登場。「何者かが呪詛しておるのでなければよいがのう…?」など、平和な上巻には登場できないほどのシリアスキャラとなっている。


まんがで読破シリーズ 枕草子

ダウンロード (1)

2011年に出た漫画です。髪は全員真っ黒であったりとリアル派。リアルすぎて面白みがあまりないような気もします。しかし話が時系列順に並んでいるのは、古典の勉強のさわりとして読むにはいいですね。名もないほかの女房はやけに表情豊かで、そっちのほうが面白かったり。

では、キャラクターデザインについて。

<清少納言>
気の強そうな感じでわりと美人に描かれている。リアルさを追求しすぎて漫画のキャラクターデザインとしてはもっとも面白みがない。また美人に描かれているせいで、藤原行成に顔を意地でも見せない話に違和感が生じている。

<中宮定子>
清少納言がすでに美人なので、あまりその美しさが際立っていない。差別化としては、凛とした清少納言に対して、おっとりした感じに描かれている。ぱっと見が清少納言と同じなので、漫画を読んでいてやや飲み込みづらいか。また、『枕草子』で描かれている定子は十代後半だが、「おっとり」な感じを前面に出しているせいで、もっと歳が行っているように見えるのが残念。

<一条天皇>
普通の少年な感じ。ちょっと意思は強そう。史実で後年、道長のことを嘆いた文を隠し持っていたあたりを考えると、思慮深くこそあれ、気骨のあるような人柄ではないのだが。

<藤原伊周>
「神経質でわがまま」なところがちょっと出ているため、リアルな感じ。しかし典雅さがないので、女性向きではない。「伊周様はもっとかっこいい!」と怒る女子もいるに違いない。

<藤原実方>
さっぱりとした快男児となっている。なんだか体育会系。

<藤原斉信>
真面目~な感じ。

<藤原行成>
ちょっとおちゃめで、真面目~な感じ。

<橘則光>
元夫とは思えぬほど、なんだか清少納言の子分っぽい。

<藤原道隆>
クセの強いおっさんに描かれている。一見笑顔なのに腹黒そうなのは史実っぽいが、『枕草子』としてはやや違和感が残る。やはりリアル派の漫画か。

<藤原道長>
気骨のあるおっさんに描かれている。だがいかんせん出番がない。


青い鳥文庫 枕草子 清少納言のかがやいた日々

ダウンロード (2)

これは漫画ではなく、小学生向けの小説です。さすがの青い鳥文庫、キャピキャピしている。角川つばさ文庫も出してみようぜ。
この作品では本名を清原諾子(きよはらのなぎこ)とする清少納言枕草紙抄の説を採用している。あまり諾子説を支持している本はないのだが、個人的にはガンガン使っていいと思う。ちなみに上ふたつの漫画ではどちらも「ナゴン」という愛称で呼ばれています。

以下、ちょっと長い一言が続きます。読み飛ばし可。

ばらばらのストーリーを上手く繋げてひとつの話にしてある。
ただ、かなり改変・独自解釈が多い。女房になるきっかけは橘則光が作ったことになっており、そのために離縁したことになっている。しかし当時の女房は別に独身に限ったわけでもなかったような。そもそも則光が美形で、枕草子的に違和感がすさまじい。まあ別の本では則光を結構な武人として書いているらしいので、おかしくないといえばないが。
さらには史実では清少納言が定子の女房になったときは藤原棟世と再婚したあとと僕は思っていたのだが。確定じゃなかったっけか? この本では則光と本格的に疎遠になったあとに「おたがい再婚した」とサラリとした説明になっている。藤原棟世の話は枕草子に出てこないのだからこれはこれでいいと思うが。
草の庵の話は大幅にカットされている。あとがきによると漢語を元ネタとする遣り取りはその説明が多くなるためあえて省略したと書かれていた。「小学中級から」という対象であるし、これでいいといえばいいのだろうが、文章そのものは品よく書かれているため、なんだか腑に落ちない。悪い意味でどっち付かずである。
たとえば16ページにある以下のシーン。

伊周「こんなに大雪が降っては、どうしているかと思って、来てみたよ。」
定子「まあ、お兄さま、今日は雪で道がうずもれて、通れるところもなくなったでしょうに。お兄さまこそ、どうやっていらっしゃったの?」
伊周「ほら、そう思われそうな日だからこそ、やってきたら、『うれしい、なんてやさしいのかしら。』と言ってもらえるかな、と考えてね」

というように書かれている。セリフ前の名前部分はこちらで補った。
たしかにこれはそういう遣り取りなのだが、平兼盛の和歌「山里は雪降り積みて道もなし 今日こむ人をあはれとは見む」を引用した会話をささっとしているところが肝なのであって、そのまま会話しているようにしてしまっては、まるで山の中でもない都や宮中が本当に雪だらけで通れないみたいではないか。何も知らない子供が入門用として読むにはどうなのだろうと思ってしまった。たしかに子供向けなのだから作中で長々と解説するまでもないが、「ああ、あれの引用だな」ってことを軽めに挿入しておくだけでも、子供がそのうちに引用元に興味を持ってくれるかもしれないと思うのだが。まあ判断が難しいところか。

145ページの「犬が泣いたので、定子さまとわたしが大笑いしたできごとのあった年の~」という文にも強烈な違和感。たしかに原文でも笑ってはいるが、あれは安堵の笑いであって、これでは犬が泣いたこと自体がおかしかったとしか読めない。
元となった段は定子の兄弟である伊周と隆家が流罪になったあとの話で、犬を捨てる犬島へと追い出された翁丸の境遇を伊周らに重ねてしまい、やがて翁丸が帰ってきて帝から許されたことをほっとした――とする坂田美根子氏の論説を僕は支持しているため、「犬が泣いたので大笑い」というのはあんまりに思えた。
犬の翁丸の話は第六段で、直前の第五段には裏で道長と通じていた平生昌(たいらのなりまさ)に対して、清少納言が好感を抱いていない描写を書いてある。その流れで始まる第六段が「犬が泣いたので大笑い」としては犬と生昌を重ねることになってしまう。これでは清少納言が第六段で翁丸をいたわるのがおかしくなるので、犬と重ねられたのは伊周であり、むしろ皮肉を言いつつも杓子定規な仕事しかしなかった源忠隆と生昌が重ねられたのではないか。もちろん伊周を犬と言い切っては失礼きわまりないので、「この犬も帝に許されて良かったなぁ」という素直な気持ちだけを書くに留めたのだと思われる。
(とはいえこの段は「ついにこれをいひ露はしつること」のセリフの解釈すら定まっていなかったりもする。「とうとう翁丸への情け心を白状したわね!」とするのか「とうとうこの犬の正体が翁丸だとハッキリさせたわね!」とするのかだが、僕は後者のほうが自然だと思う。1000年も前だと解釈もいろいろあってたいへんだ。第五段と第六段が本当に繋がっているのかどうかも分からないし)

ついでに書いておくと140ページ、「下わらび」は「足元のわらび」ではないと思う。わらびはカヤ(去年の枯葉の塊)の下から伸びるもののほうが太くて味がよくなり、長さも長くなる。だからといって長くなりすぎると硬くなって味が落ちるし、そもそも春先のわらび摘みというのは楽しいので、カヤの下でまだあまり伸びていないうちのわらびを採取するのが「柔らかい上に太い」という最高品となる。「下わらび」とはそういう「良いわらび」のことを指すのだと僕は考えている。
・・・こんな説明入れられても小学生は困るか。

全体的に『枕草子』なのか『清少納言の伝記』なのかが定まっていない印象を受けた。平安風でも現代風でもない会話の遣り取りは、まるで平安を舞台にした乙女ゲームのようであった。それならそれで女の子が喜びそうでいいのだが、史実の展開を逐一盛り込み、実方の流罪や則光との喧嘩別れなどもチョコチョコと書いているので、十全に乙女風とも言い切れず、チグハグな印象である。
150ページもない薄い本なのだが、伊周・隆家・則光・実方・斉信・経房・行成・道隆・道長を全員出しているので、初めて枕草子に触れる人が混乱しそうであるのもちょっと引っ掛かった。


さて内容はともかく、キャラクターデザインについて。

<清少納言>
かわいすぎて吹く。定子付きの女房になったときすでに彼女は20代後半なのだが、この本の挿絵では中学生のよう。幼すぎて結婚や出産の経験があることに違和感があるレベルだが、まあ子供向けだし、キャッチーな絵柄でいいと思う。かわいいは正義。
一応、文中に(わたし、来年三十歳になるおばさんよ?)などの記述はある。子供が混乱しなければいいが。
文章的には、冒頭で宮中に上がるときに恐れおののいて引っ込み思案になっているのを強調して書かれているため、中盤以降の本調子になってハッキリ物を言うようになった清少納言がまるで別人のように見えるのが残念。性格が右往左往しているように感じた。

<中宮定子>
清少納言を可愛く描き、こちらはすっきりとした美人にしてある。実際は定子のほうが清少納言より10歳ばかり年下なのだが、むしろ定子が年上に見えてしまうほど。
この本の清少納言は殿方と絡んでばかりなので、枕草子の本としてはあまり出番がないほう。

<一条天皇>
温和そうに描いてある。
定子崩御に涙する描写を挿入してあるのが良い。

<藤原伊周>
定子の兄としてのポジションを強めてあり、ハキハキとしたちょっと年上の少年のように描いてある。史実でも伊周には幼稚なところがあったように思えるため、このデザインは違和感がない。

<藤原実方>
もっとも美形に描かれ、珍しく出番が多い。登場時のイケメンっぷりと、後半の藤原行成とのひと悶着のギャップが激しい。

<藤原斉信>
実方と則光の出番が多い反面、出番が少ししかない。
挿絵は一枚もない。

<藤原行成>
「真面目すぎてなんだかちょっと不思議な感じ」の造詣。この解釈はイイ。
文章も行成に関するところは安定感があるように思えた。

<橘則光>
少女マンガにおける主人公にとって恋愛関係になりそうもないクラスメート男子のデザインで、まぬけそうには見えないが、とんでもない美形というわけでもない。この本の作風からするとちょうどいい。
とはいえ他にこんなイケメンの則光がいるのだろうか。

<藤原道隆>
若すぎて吹く。まるで十代後半か二十代。実際はこのとき四十代。
リカちゃんのパパくらい若い。

<藤原道長>
若すぎて吹くその2。高校の部活で主人公の所属している部のキャプテンといった造詣。まあこのとき三十歳前後で清少納言たちと同世代なのだから、こうじゃないとバランスは取れないが。


おまけ 先程紹介した「まんがで読破シリーズ」の百人一首

ダウンロード (3)

これに「夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」の歌が大きく紹介されており、清少納言・藤原行成もキャラクター化されて登場している。
この漫画の清少納言は、髪の毛の色を薄くしてあり、快活な印象にしてある。そのため、一般的にイメージされる清少納言をコミカルにキャラクター化しているという点では随一の出来。行成をぶったたくという場面を入れているのも、そんなのは史実にはないのだが、「夜をこめて~」の歌の意味もあり、不思議と納得のいく場面となっている。
藤原行成のデザインはやはり「不思議だけれど実力者な青年」という造詣。能書家でもあった事実を踏まえ、やっぱりこれが安定かな。



<おわりに>
と、わずか4冊でしたが、枕草子を元ネタとする漫画などの紹介でした。
源氏物語と枕草子の違いには小説と随筆であること以上に、読んでいる人が何を求めているかの違いがあるように思えます。すなわち、「現代とは違う、平安時代の絢爛で艶やかな貴族世界への憧れ」を見るのか、あるいは「昔の人も今の人も、あんまり変わんないよね」という不変的な人間性・文化性を面白く見るのか、という違いです。
個人的には断然後者の僕にとって、前者の見方で書かれている青い鳥文庫の枕草子にはちょっと違和感があります。とはいえ、前者を求めている人にとっては、面堂かずきの漫画のほうが違和感なのかもしれません。ま、そこらへんは人それぞれってことで良いと思います。

そういや、ほかにも枕草子の漫画ってあるのかしら。
あったら是非、読んでみたいものです。


<追記>

アニメ『超訳百人一首 うた恋い。 』

ダウンロード (4)

このアニメに清少納言と藤原行成の回があったのですね(第9話)。というわけで見てみました。『枕草子』というよりは「夜をこめて」の歌の話なのですが、まあこの際こまかいことはどうでもよい。

<清少納言>
思いのほか化粧バッチリ系だった。でも歳を考えればリアルな感じもする。

<中宮定子>
まさかの金髪だったので正直吹いた。まあ全員黒髪の完璧リアルに仕上げるくらいなら、ここまで突き抜けてもいいのかも。

<藤原斉信>
裏があって清少納言と付き合っていたというドライな関係として描写してある。行成との対比なのだろうが、なるほど結構説得力があった。

<藤原行成>
この話の主人公格。生真面目で面白みのないところを前面に出してあった感じ。ヘイダンの話とか能書家であることを考えると、実際はここまで真面目一辺倒でもない気がするが、でも話が綺麗にまとめてあったので良かった。

<藤原実方>
あんまり出番なし。行成の帽子を落とした話の流れはかなり意外だった。詳しくないが、これ史実的に解釈可能なのだろうか。そのあと一条天皇の怒りを買って左遷されるのは間違いない事実のような気がするが…。

<藤原公任>
まさかの登場。ちょっとだけだが。実方と仲が良かったらしいので登場したようである。いかにもクセ者っぽい感じ。息子の定頼もこの漫画・アニメで登場するのなら面白そう。



<さらに追記>
「清少納言のマンガ」という視点で見ると、

ダウンロード (5)

『姫のためなら死ねる』
これ一強ですね。

わりと史実どうでもいい感じなのが良いです。
百合だし。
Webで読める範囲は全部読みました。

『暴れん坊少納言』は、存在は知ってますが、まだ未読。


プロフィール

星八角ある子

Author:星八角ある子
或るライターの落描きブログ。
無尽に趣味へ走っています。
最近は地元ネタが増えています。

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